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help RSS 静かなマインド / 「 I AM THAT 」と「ただそれだけ」より

<<   作成日時 : 2011/12/04 14:12   >>

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ただそれだけ―セイラー・ボブ・アダムソンの生涯と教え
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今日は、マハラジの「I AM THAT 私はある」の「65 あなたに必要なのは、静かなマインドだけだ」からの引用をメインにしてアップさせていただきます。 一部、最近発売された、セイラー・ボブ・アダムソンの「ただそれだけ」からも引用させていただきます。


本当は、原文を読めれば一番いいのですが、kosumosuが抜粋したために混乱させてしまわないことを祈っています。


ここで話されている興味深いことは、「真我(静寂)に気づくためには、静かなマインドが必要」と言うことです。


真我を認識するのは、マインドですが、静かなマインドでないと、気づくことは出来ないというのです。



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■「I AM THAT」の「65 あなたに必要なものは、静かなマインだけだ」より ( P.326 〜 P.327 )
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質問者 どんなに深く見入っても、私にはマインドしか見いだせません。あなたの「マインドの彼方」という言葉は手がかりにならないのです。


マハラジ マインドでもって見ているかぎり、それを超えていくことはできない。 彼方へと超えていくには、マインドとその内容から目を離さなければならないのだ。

 
質問者 どの方向を見ろといわれるのでしょうか?


マハラジ すべての方向はマインドのなかにあるのだ! 私はあなたに特定の方向を見るように言っているのではない。
ただ、あなたのマインドのなかで起こっていることのすべてから目を離し、「私は在る」という感覚にそれを合わせなさい。 「私は在る」は方向ではない。 それはすべての方向を否定したものだ。 最後には「私は在る」さえも去らなければならない。

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ここの「マインドの彼方」が真我に相当すると思います。


「すべての方向はマインドのなかにある」と言われてしまうと、行き詰ってしまいます。

いったい、どこを見ればいいのでしょうか?



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■「I AM THAT」の「65 あなたに必要なものは、静かなマインだけだ」より ( P.327 )
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マハラジ マインドがよそごとに気を取られることから目を離されたとき、それは静かになる。 もしこの静けさを妨げず、そこにとどまるなら、あなたはそれが見たこともない光と愛にあふれていることを知るだろう。 しかも、あなたはそれをあなた自身の本性だとすぐに認識するのだ。 ひとたびこの体験を通ったならば、あなたは二度と同じ人ではなくなるだろう。

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「よそごと」は、マインドで気ずつことができる全ての事象になるのでしょう。

ただ、それから目を離すってどうすればいいのでしょうか?

行き詰まってしまいそうな^^;


この質問者もマハラジに問いかけます。


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■「I AM THAT」の「65 あなたに必要なものは、静かなマインだけだ」より ( P.327 )
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質問者 私に理解できないのは、あなたが言われる意識を超えていくということです。言葉は理解できますが、その体験を視覚化できないのです。結局、あなた自身が言われたように、すべての体験は意識のなかにあるのです。

 
マハラジ あなたの言うとおりだ。 意識を超えたところには、いかなる体験もありえない。 それでも、そこにはただ在るという体験がある。 そこには無意識ではなく、意識を超えた彼方の状態があるのだ。 ある人たちはそれを超意識、純粋意識、あるいは至高の意識と呼んでいる。 それは主体と客体の関係から自由な、純粋な覚醒なのだ。

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ここの最後のところで伝えたいことが、今回やっと伝わってきました。
その前に、次のところに目を通してからの方がわかり易いと思いました。


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■「I AM THAT」の「65 あなたに必要なものは、静かなマインだけだ」より ( P.327 )
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マハラジ 意識は隙間だらけの断続的なものだ。 それにもかかわらず、そこには継続するアイデンティティがある。 もしこのアイデンティティの感覚が意識を超えた何かでなければ、いったい何によるというのだろう。

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「意識は隙間だらけ」、ここだと思います。

マインドが意識するのは、この隙間では無い所、実際には「思考」になるのだと思います。

そして、その隙間が真我とか静寂と呼ばれているものに相当するのだと思います。



実は、最近はマハラジの「I AM THAT」と、最近発売されたばかりの、セイラー・ボブ・アダムソンの「ただそれだけ」を交互に読んでいる最中です。

そして面白いことに、セイラー・ボブ・アダムソンの「ただそれだけ」の中に同じような内容があるのに気づきました。


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■「ただそれだけ」の「私は、本来の自分であるところの「私は在る」に語りかけている」より ( P.112 〜 P.113 )
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 私たちが言うもう一つのことは、あなたは心の中に答えを見つけることはない、ということです。 ですから、心の中を探しても無意味です。 いったい、心の外側というものがあるでしょうか? どの方向を見ても、常に心の中です。 心を探求しても心から抜け出すことはできないと理解するとき、何が起こるでしょうか? 自然で完全な停止があるのではないでしょうか? その完全な停止状態において、思考がほんの一瞬止められるのです。 思考が進行していない状態であっても、ものは見えますし、音は聞こえます。 あなたは消滅したわけでも崩壊したわけでもありません。 考えることや概念化の働きが止まっているとき、あなたは心以前の状態にいるのです。 それは、まったくシンプルなことです。

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この回答を見ると、まさにここで最初に書かれていた「すべての方向はマインドのなかにある」と同じ内容になっていると思います。

そして、できることと言えば、停止しかないといいます。



この停止で思い出すのは、ガンガジの「止まれ」かもしれません。

ガンガジの止まれ静寂は、まったく同じことを示していると思います。



実は、同じことは自分が昔から読んでいた和尚の言葉からも散々聞かされたことでした。

具体的にどの本の何ページにあるかは忘れてしまいましたが、耳にたこができるくらい話されている内容だと思います。

具体的は、「思考と思考の間」と言ったり「言葉と言葉の間」と表現されることもよくありました。


本を読んでもわからないのですが、初期の和尚の講話はとても早口なのですが、晩年の講話は非常にゆっくり話すように変わっていました。


これは、この隙間を体験させるための方便だったように思います。



そして、この章の最後の方に、この質問者の質問から、とても貴重な回答が話されます。


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■「I AM THAT」の「65 あなたに必要なものは、静かなマインだけだ」より ( P.329 〜 P.330 )
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質問者 もし私がマインドを超えているならば、どのようにして私を変えていくのでしょうか?
 

マハラジ 何かを変える必要がどこにあるというのだろう? いずれにせよ、マインドはつねに変化しているのだ。 あなたのマインドを冷静に見てみなさい。 マインドを平静にするにはこれで充分だ。 静かになると、あなたはマインドの彼方へと行くことができる。 いつもマインドをせわしなくさせていてはいけない。 それをやめ、ただ在りなさい。 もしあなたがマインドに休息を与えたなら、それは落ち着き、その純粋さと力強さを回復するだろう。 絶え間なく考えることはマインドを衰退させてしまうのだ。
 

質問者 もし私の真実の存在がつねに私とともに在るなら、どうして私はそれを知らないのでしょうか?
 

マハラジ なぜなら、それは非常に微妙なものであり、あなたのマインドは粗雑なものだからだ。 あなたのマインドを静め、明瞭にしなさい。 そうすれば、あなたはあるがままの自分自身を知るだろう
 

質問者 わたし自身を知るためにマインドが必要なのでしょうか?
 

マハラジ あなたはマインドを超えている。 だが、あなたはマインドで知るのだ。 知識の範囲、深さ、性質は、あなたがどのような手段を使うかに依存するということは明らかだ。 あなたの手段を改善しなさい。 そうすれば、あなたの知識も改善されるだろう。
 

質問者 完全に知るためには、完全なマインドが必要です。
 

マハラジ あなたに必要なのは、静かなマインドだ。 ひとたびあなたのマインドが静かになれば、ほかのすべてはしかるべく起こるだろう。 日の出が世界を活動的にするように、自己覚醒はマインドのなかに変化を与えるのだ。 平静で安定した自己覚醒の光のなかで、内なるエネルギーは目覚め、あなたの努力なしに奇跡をもたらすのだ。
 

質問者 つまり、もっとも偉大な仕事は、仕事をしないことによってなされると言うのでしょうか?
 

マハラジ まさにそのとおりだ。


・・・

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
無為自然という言葉がありますが、それに似ているような気もします。
もっとも、誤解されやすい言葉ではありますが。
sweetdream
2011/12/11 23:41

無為自然と言う言葉を聞いて浮かんできたきたことは

マインドが静かになって来ると、

「全体の流れに抵抗する人がいなくなるので、全体の流れと重なって(に溶け込んで)しまう」

と言う感じでした。

kosumosu
2011/12/12 19:28

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